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第一章 邂逅 第一話 六華鳳宗

Auteur: 春埜馨
last update Date de publication: 2025-06-21 15:02:39

春陽の候。

華山《かざん》の麓では桜が咲き誇り、ちょうど見頃を迎えていた。

六華鳳宗《ろっかほうしゅう》の開祖・六華鳳凰《ろっかほうおう》が植えたとされる桃色の色鮮やかな百本の桜並木は、誰の目にも美しく映り、まるで華麗な舞踊を見ているかのように煌びやかだ。

「綺麗だなぁ〜」

蘭瑛《ランイン》も足を止め、桜の木を見上げる。

何かを思い起こさせるかのように、ひらりと舞い降りてきた二枚の花弁が、蘭瑛の手のひらに乗った。

「父上、母上。今年も素敵に咲きましたよ」

春になると、毎年思い出してしまう。

両親を失くしてしまったあの日のことを…。

蘭瑛は手のひらに乗った二枚の花弁を、吹かれた風に差し出し、自然に還らせた。風に乗って飛んでいく花弁を見送ったあと、蘭瑛はハッと我に帰る。

「いっけない!早く行かなきゃ。また、叔父上に怒られる〜」

六華鳳宗の現宗主・叔父の遠志《えんし》に頼まれていた約束の問診を思い出し、蘭瑛は急ぎ足でそこへ向かった。

山を降りた華山の町は、栄えている宋長安《そんちょうあん》より人口は少ないが、食材が豊富な為、食材を求めて近隣の町から人が流れてくる。町は露店で賑わい、蘭瑛はいつも問診が長引いたと嘘をついて、露店の店先で寄り道をしていた。

美味しい物に目がない蘭瑛は、もちろんこの後も、こっそり串焼きを食べるつもりだ。

「こんにちは〜。六華鳳宗の蘭瑛です」

「あ、蘭瑛先生どうぞ〜。ごめんなさいね、こんな所まで来てもらって」

もうすぐ臨月だという、腹が大きく膨らんだ亭主の妻に、笑顔で迎え入れられる。

「いえいえ、とんでもない!私は何処まででも飛んでいきますから〜」

亭主の妻とたわいもない挨拶を交わし、蘭瑛はいつも通り問診する。

六華鳳宗は名医の三宗と言われているが、朝廷に所属する御用医家ではなく、市医の医家として生業を立てている。こうして、依頼を受けた場所に出向かい、町の人々の命を守りながら歩き回っているのだ。

「今日も落ち着いてらっしゃいますね」

「蘭瑛先生のおかげだよ〜」

横になっている亭主の腹を触診し、深傷を負った腹部の傷に六華術の一つ、癒合《ゆごう》の術を施す。

「蘭瑛先生、知ってる?」

亭主の妻がお茶を淹れながら少し怪訝そうに尋ねた。

蘭瑛は首を傾げ、亭主の妻の方を向く。

「あの物騒な閉山《へいざん》の麓で、赤潰疫が出たって話」

蘭瑛の手が止まった…。

(…赤潰疫?あの玄天遊鬼の?)

「奥様!その話は本当ですか?!いつ頃聞かれたものですか?!内容を詳しく…っ」

亭主の妻の方に向かって身を乗り出し、蘭瑛はつい食い気味に聞いてしまった。

「ご、ごめんなさい…」

蘭瑛は慌てて謝り、向きを変えて、また亭主に癒合の術を施した。

「そ、そうなるのも、無理はないわよね…。詳しいことは私もよく分からないわ。ただ赤潰疫が出たってことしか…」

蘭瑛はいつもの柔らかい表情を作り、亭主たちを安心させた。

何の心配もいらないと蘭瑛は自分にも言い聞かせる。

所詮、噂だ。酷い湿疹か何かだろう…、と。

調合した薬を渡し、無事に出産を迎えられるように亭主の妻に伝え、蘭瑛は急いで六華鳳宗の邸宅である鳳明葯院《ほうみんやくいん》へ帰った。

邸宅に戻った蘭瑛は、息を切らしながら遠志の部屋を尋ねる。

「叔父上!赤潰疫が出たっていうのは本当ですか?!」

遠志は話の内容よりも、蘭瑛が勢いよくこの部屋に飛び込んできたことに驚いていた。普段は必ず扉の前で一言断りを入れるはずなのだが。

「まぁまぁ、蘭瑛。落ち着きなさい。お茶でも淹れようか。ちょうど、目を休めたいと思っていたところなんだ」

(げっ…。何、この量)

遠志の机に目を遣ると、どのように読み進めていけばいいのか分からないほどの、膨大な書物が積み上げられていた。

「驚いただろう。これは全部、過去に起きた赤潰疫の資料だよ」

「えっ?!こんなに?!…やっぱり、赤潰疫が出たのですか?」

「そうみたいだね」と言って、遠志は取り乱すことなく、湯呑みに白茶を注いだ。蘭瑛はその積み上げられていた書物を一冊手に取り、頁をめくる。するとそこには、六華鳳宗の先代の流医たちが綴ったであろう、赤潰疫の治療記録が書かれていた。

遠志は湯呑みが乗ったお盆を持って、元いた椅子に座り直す。蘭瑛も近くにあった椅子を持って、遠志の斜め向かいに座った。

「念の為、蘭瑛にも伝えておこう。赤潰疫は、疫病であるが一種の妖術のようなものだ。だから、そこらで出回る薬では根絶できない。それぞれ、三宗の作る法薬でしか効果は見込めないだろう」

「では、うちの法薬はどうやって作るのですか?」

「ここに書いてあるよ」

古書の独特な香りを漂わせた『鳳秘典《ほうひてん》』という書物を差し出された。

六華鳳凰が書き記したとされる、代々受け継がれてきた家宝の書物だ。

蘭瑛はその書物を受け取り、薄紙が挟んである頁を開く。そこには『赤沈薬《せきちんやく》』という、赤潰疫の症状緩和に効く法薬の作り方が、事細かに記載されていた。

「蘭瑛もこれを見て、法薬を試してみなさい。いつ、この近辺に現れるか分からないからね」

蘭瑛は「分かりました」と言って、白茶を啜った。

「今日の問診は大丈夫だったかい?」

遠志は書物に目を向けたまま蘭瑛に尋ねた。

「あ、はい。とても落ち着いていらっしゃいました。奥様もそろそろ臨月に入られますね」

「そうかい。無事に産まれるといいね。今日は、露店の串焼きは食べれたのかい?」

なぜ、それを知っているのか?!と驚き、蘭瑛は思わず白茶を吹き出しそうになった。

遠志は目を三日月のようにして「私が何も知らないとでも?」と言わんばかりに笑みを見せる。

蘭瑛もそれに合わせて「んふふ」と笑みを向ける。

「寄り道は程々にしなさい」

「…ふぁい(はい)」

(くぅ〜!バレていたとは…)

宗主との笑みの睨めっこは、この笑みの圧力によって敗者に終わった。

そこに、双子の弟子・鈴麗《リンリー》と鈴玉《リンユー》がやってくる。

「蘭瑛姉さま〜、こちらにいらっしゃったのですね。夕餉の準備ができましたよ」

「本当っ?!」

「遠志宗主は、こちらにご準備を始めても?」

「お願いできるかな」

もうそんな時間なのかと、蘭瑛は遠志の夕餉が運ばれるのを見届け、鳳秘典を持って鈴麗と鈴玉と一緒に、遠志の部屋を後にした。

夕餉を終えた蘭瑛は自室に戻り、さっそく鳳秘典を開いて調薬を試みる。六華術の特殊な術の『法薬《ほうやく》の術』は蘭瑛も得意だ。蘭瑛は調薬のコツを掴み、夜な夜な時間を忘れて赤沈薬《せきちんやく》を作り続けた。

気づけば、朝日が昇り始め、外が明るくなっていた。

チュン、チュンと雀のさえずりが聞こえてくる。

蘭瑛は流石に睡魔を感じ、寝台に横になった。

(玄天遊鬼に赤潰疫…。15年前のようなことが、また起きなきゃいいけど…)

疲れた目が、段々と虚ろになっていく。

蘭瑛は大きく溜め息を吐いて、縮こまるように布団に潜り、眠りについた。

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